【真の構造改革は日本人の意識改革から】
 官僚の腐敗、政治家の汚職、警察の不祥事、司法の背任、学級崩壊、成人式崩壊、少年犯罪など規律も規範も失った日本の現状は全て「公」よりも「私」を優先させた帰結である事に気付きます。

 ここでの「公」とは、「集団社会の一員としての公共に対する義務と責任」で、例えば、日本に在住しその平和と繁栄を享受すれば、日本国という集団社会に対する義務と責任が生じ、憲法ではそれを「勤労と納税」と定めています。それは、学校の授業中や成人式会場に於いても同様で、「私語を慎む」という公共の場に対する義務と責任を伴うでしょう。

 戦後の日本が盲目的に「個=善」とし、過度に「私」の「自由と権利」を主張して、「公」に対する「義務と責任」の重要性までを、「国=軍国主義=悪」として否定してしまった事に現在の日本の迷妄の原因があるのではないでしょうか?

 日本人は
「私・個・自由と権利」だけでなく、もう少し「公・国・義務と責任」を考える事が必要ではないでしょうか?都市がもう少し地方の事を、地方はもう少し都市の事を、そして、高齢者がもう少し若年者の事を、若年者はもう少し高齢者の事を考えるだけで我国の抱える多くの問題は解決可能です。