【2005年を迎えて】
新年、明けましてオメデトウございます。

 旧年中は大変お世話になりました事を厚く御礼申し上げます。

 平成16年を象徴する言葉は「災」でしたが、ちょうど10年前の1995年1月17日、阪神淡路大震災がありました。私の両親が住む兵庫県西宮市は震災直撃でした。阪神淡路の時も、昨年の新潟中越大地震の時もそうですが、やはり災害時に一番頼りになるのは衣食住が完結できる自衛隊です。昨年末のインドネシア大津波の際もやはり一番頼りになるのは米軍の様ですが、逆にこういう時に静かになってしまうのが日頃自衛隊や米軍に批判的な人達であることに気付きます。

 阪神淡路大震災の当時は自社さ政権で首相は社会党の村山富市氏でした。社会党は永らく自衛隊の存在そのものを違憲として来ましたから、自衛隊の初動が遅れ、それが被害を増大させたと批判されました。そして同年3月20日にはオウム真理教による地下鉄サリン事件があり、この時も自衛隊の要請の遅れが指摘され村山内閣倒閣、社会党の衰退と成って行きました。

 阪神淡路大震災も地下鉄サリン事件も実際に陣頭指揮を執ったのは、好き嫌いは別にして当時の自治大臣・国家公安委員長であった野中広務氏でした。「善人には断は下せない」は戦国武将、毛利元就の言葉ですが、麻原逮捕の命令を下したのも野中広務氏でした。

 今年のさいたま市は3月末には新都心への600mタワー誘致の決着、4月には岩槻との合併、5月には市長選と重要課題が目白押しですが、5月の市長選には大災害時・緊急時に一番頼れる市長は誰かという事で是非投票場に足を運んで欲しいと思います。

 今年も宜しくお願い致します。








2005年1月17日