SARSという新型ウイルス感染症が中国、香港などアジアで猛威を振るっているがSARSに限らず、ウイルス感染症の診断・検査法を確し、有効な薬やワクチンを開発するには、ウイルスを分離、培養し動物実験を繰り返す必要がある。

 天然痘やエボラ出血熱の様な危険度の極めて高いウイルスを扱うには気密性が最高に高いP4と言われる施設が必要だが、日本には稼動しているP4施設はひとつもない。昭和56年に国立感染症研究所の村山分室にP4施設が作られたがバイオハザードを恐れた地元の反対で稼動できないでいる。先進国でP4施設がまともに働いていない国は日本ぐらいであり、日本ではSARSに限らず、天然痘やエボラ出血熱の様な患者が発生した場合対応可能な施設がない。

 米国ではCDC(Centers for Disease Control=米国の厚生省疾病管理センター)という組織があり、新型感染症は常にバイオテロの可能性も念頭に置き、国防総省と連携して緊急事態に対応している。

 埼玉県に在住している臨床医の立場から言わせて頂くと、中国や香港など、流行地の渡航歴が問診で得られなければSARSを早期に細菌やインフルエンザウイルスなど他の病原体による重症肺炎と鑑別する事は難しい。SARSウイルスの遺伝子抗原を用いた迅速な検査・診断法の開発が望まれるが、所沢にある防衛医大の中にはP4施設はなく、現行の防衛医大卒業生の研修内容もとても有事に対処できる医師を育成し得ないお粗末なものである。

 この国の安全保障と同様にSARSの診断法・治療法も米国に「おんぶにだっこ」である。やはり、国防という国家にとって最も基本的な事を自らの手で行っていない国は新型感染症有事にも対応できないのではないだろうか?

 幸い日本ではまだSARS患者の発生報告が無いが、エイズや狂牛病の初動の遅れで明らかな様に日本には感染症有事に対応するインフラが全く整備されていないのである。有事法制が成立の見通しとなったのは一歩前進であるが、やはり、自衛隊を国軍と認知し、緊急時のインフラを整備すると供に、バイオテロを念頭において新型感染症に対応すべく、自衛隊の基地の中にP4施設を設置すべきだろう。

 生物兵器というのは開発に成功すれば極めて安価で効果的である。例えばエボラ出血熱は致死率90%であるがそのウイルスは患者の体液を介さなければ感染しない。これを麻疹ウイルスの遺伝子と組み合わせるなどの操作により、空気感染を可能にすれば大流行させる事ができる。そして自国の国民にはワクチンを開発し、接種して置けばよい。

 天然痘やエボラ出血熱の様な致死率の高いウイルスを流行地へ出向いて分離するウイルスハンターと呼ばれる科学者達が居る。その勇気には医師として、敬意を表するが、もし危険な未知のウイルスを分離できれば、それは金正日やサダム・フセイン、麻原彰晃の様な独裁者に高額で売れるのでないかと思われる。



SARSの流行に思う〜稼動しているP4施設が無い日本
2003年5月30日